2026年の八雲氷川神社例大祭

八雲氷川神社例大祭と、柿の木坂の街

目次

2026年の開催は、9月19日・20日

まだまだ暑い日が続きますが、暦は少しずつ秋へと向かっています。

そして今年も、八雲氷川神社の例大祭が近づいてきました。

2026年の八雲氷川神社例大祭は、9月19日(土)・20日(日)に開催されます。

毎年9月になると、柿の木坂や八雲、都立大学駅周辺が、少しだけいつもと違う空気に包まれます。

神社へ続く道を人が行き交い、神輿や山車が街を巡り、普段は静かな住宅街にも祭りの気配が広がっていきます。

季節の移ろいとともに、八雲氷川神社の例大祭の色が少しずつ深まってゆくのです。

私たちも、このお祭りの仲間だった

私たち柿の木坂写真工房は、地元の商店会の一つである柿の木坂商和会に加盟しています。

ところが、例大祭は土曜・日曜に行われることが多く、撮影業務と重なってしまうため、これまで実際に参加する機会はほとんどありませんでした。

もちろん、商店会の会合や、日々飛び交うグループLINEでの例大祭の準備に向けたやり取りを通じて、商和会がこの祭礼に深く関わっていることは知っています。

神輿が街を練り歩くことも、子どもたちが山車を引いていることも知っています。

そして八雲氷川神社には、私たちも七五三やお宮参りの撮影で、日頃からお世話になっています。

それでも、あらためて考えてみると、

「商店会が、これほど深く関わっているお祭りって、意外と珍しいのではないだろうか?」

と、良い意味で不思議にも感じていました。

「このお祭りは、いったいどのようなお祭りなのだろう?」

実は私たち自身も、詳しいところまではよく知らなかったのです。

そこで少し調べてみました。

すると、八雲氷川神社の例大祭には、この地域ならではの、とても興味深い歴史が見えてきました。

八雲氷川神社は、かつての「衾村」の鎮守

現在の八雲氷川神社は、目黒区八雲に鎮座する神社です。

しかし、現在の町名だけを見ていると、この神社が昔から「八雲」という一つの町だけの神社だったように感じてしまいます。

実際には、そうではありません。

八雲氷川神社は、かつての旧衾村(ふすまむら)の鎮守でした。

現在のように住宅地や商店街が整然と分かれている以前から、この地域に暮らす人々の共同体を守る神様だったのです。

そう考えると、現在の例大祭で神社の周辺だけではなく、柿の木坂や東が丘、宮前、平町など、広い地域から神輿が集まってくることにも納得がいきます。

この神社が守ってきた「地域」の範囲は、現在私たちが考える町名より、ずっと広かったのです。

「八雲」という地名も、実はこの神社から

そして、私たちが何気なく使っている「八雲」という地名にも、この神社が深く関係しています。

八雲氷川神社の御祭神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、櫛名田姫との新居を構える際に詠んだとされる、

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」

という歌。

その冒頭の「八雲」が、現在の地名の由来となっています。

目黒区も、八雲という地名と八雲氷川神社との深い関係を紹介しています。

つまり私たちが普段使っている「八雲」という地名そのものが、この神社と日本神話につながっているわけです。

こうして調べてみると、いつも通っている街が、少し違って見えてきます。

商店会が神輿を担ぐ、少し珍しい祭り

八雲氷川神社の例大祭で特に興味深いのが、地域の商店会や団体が、それぞれ神輿を出していることです。

2025年の例大祭では、

  • 東が丘
  • 宮前
  • 柿の木坂商和会
  • 富志美会
  • 平町

の5つの地域から神輿が出され、八雲氷川神社へ宮入りしました。

これは「神社のお祭りに商店街が協力している」というだけではありません。

それぞれの地域が自分たちの神輿を持ち、自分たちの街を渡御し、最後に氏神様のもとへ集まる。

いわば、地域そのものが祭礼の担い手になっているのです。

そして、この「都立連合渡御」は2025年で45回目を数えました。

2026年は46回目。

40年以上にわたって、この地域独自の祭りの形が受け継がれていることになります。

柿の木坂商和会にも、半世紀以上の歴史がある

そして、私たちが加盟している柿の木坂商和会も、その担い手の一つです。

商和会の記録を見ると、1970年頃の八雲氷川神社例大祭で、柿の木坂商和会が神輿を奉納している貴重な8ミリフィルムが残されています。

当時の祭りの様子は、商和会の記録として現在も残されています。

そこには、現在よりもずっと活気のあった商店街と、神輿を担ぐ人々の姿が記録されています。

つまり、柿の木坂商和会と八雲氷川神社の祭礼との関わりは、少なくとも半世紀以上前から続いているのです。

私たち写真工房が商和会に加盟したのは、そのずっと後のこと。

それでも、同じ商店会の一員として考えてみれば、私たちもこの長い歴史の延長線上にいることになります。

そう思うと、今までとは少し違った目で、このお祭りを見ることができます。

昔の商店街にとって、お祭りは街そのものだった

現在の柿の木坂商和会は、昔ながらのお店と新しいお店が並ぶ商店会ですが、かつては今とは比較にならないほど多くの商店がありました。

青果店、鮮魚店、精肉店、文具店、時計店、蕎麦店、パン屋、ガソリンスタンドなど、地域の日常生活に必要なものの多くが商店会の中で揃っていたそうです。

御用聞きも盛んだったといいます。

そんな時代の商店街にとって、お祭りは単なる年中行事ではありません。

普段は買い物をする場所だった商店街が、その日ばかりは人が集まり、子どもたちが遊び、大人たちが神輿を担ぐ。

商店街そのものが、地域のコミュニティになる日だったのでしょう。

実際、柿の木坂商和会では、八雲氷川神社の祭礼に合わせて、かつて「お祭り横丁」という催しも行われていました。

商店会横の道路を車両通行止めにし、かき氷や金魚すくい、ヨーヨーすくいなどが並び、多くの子どもたちで賑わったそうです。

神輿だけではありません。

街そのものがお祭りだった。

そんな時代の風景が浮かんできます。

子どもたちの山車も、地域の大切な風景

現在も柿の木坂商和会では、大人の神輿だけでなく、子ども神輿や山車が用意されています。

長年使われてきた神輿や山車を修繕し、次の世代へ受け継いでいく。

これは単なる道具の修理ではありません。

長い年月をかけて使われてきたものを直し、また子どもたちの手に渡していく。

祭りというのは、こうした「物」も含めて地域の記憶を受け継いでいくものなのだと思います。

ところで、八雲氷川神社は「パワースポット」としても知られています

ここまで祭りの話を書いてきましたが、八雲氷川神社には、もう一つちょっと興味深い顔があります。

実はこの神社、知る人ぞ知るパワースポットとして紹介されることもあります。

ただし、その背景にあるのは、最近になって突然「パワースポット」と呼ばれるようになったという話ではありません。

八雲氷川神社は、古くから「癪封じの神様」として信仰を集めてきた神社なのです。

「癪(しゃく)」とは、胸や腹などに突然起こる激しい痛みを指す、昔の言葉。

かつては、この「癪」を封じてくれる神様として、遠く下総や相模からも参詣者が訪れたと伝えられています。

つまり、昔からこの神社は、この地域の人々だけではなく、遠方からも人が訪れるほど信仰を集めていたのです。

現在のように「パワースポット」という言葉はありませんでしたが、「ここへ来れば何かを祈りたい」と思わせる場所だったことは、今も残る伝承から想像できます。

境内に立つと、住宅街の中とは思えないほど静かで、長い年月を経た鎮守の森の空気を感じることができます。

お祭りの賑やかさとはまた違った、八雲氷川神社のもう一つの魅力です。

9月には、古式ゆかしい「剣の舞」も

そして、9月の例祭には、もう一つ見逃せないものがあります。

神楽殿で奉納される「剣の舞」です。

これは、素戔嗚尊による八岐大蛇退治の物語を表現した舞で、約200年前から伝わる古式豊かな神事とされています。

神輿や山車が街を巡る賑やかな祭礼とはまた違い、神社の歴史と神話を感じることのできる、とても興味深い行事です。

もし例大祭に足を運ばれるのであれば、神輿や山車だけでなく、こうした神社そのものの歴史にも目を向けてみると、より深く楽しめるのではないでしょうか。

私たちにとっても、決して遠い場所ではありません

私たちは普段、八雲氷川神社を撮影の仕事で訪れることがあります。

七五三、お宮参り。

お子様の成長を記録する大切な一日を、八雲氷川神社で撮影させていただく機会も少なくありません。

そして、その神社を守り、長い年月にわたって地域の人々が大切にしてきた行事が、毎年秋に行われています。

そう考えると、八雲氷川神社の例大祭は、私たちにとっても決して「近所で行われているお祭り」というだけではありません。

柿の木坂写真工房がある、この街そのもののお祭りなのです。

残念ながら、私たちは撮影の仕事があるため、土日に行われる例大祭に毎年参加できるわけではありません。

それでも、同じ柿の木坂商和会の一員として、そしてこの街で仕事をさせていただいている者として、こうした地域の歴史を知っておくことには意味があるように思います。

46回続く「都立連合渡御」

2025年の例大祭では、5基の神輿が八雲氷川神社に宮入りしました。

これが45回目の都立連合渡御だったそうです。

そして2026年は46回目。

私たちが今こうして仕事をしている街にも、それだけ長い時間をかけて受け継がれてきたものがあります。

そして、その始まりをさらに遡れば、旧衾村の時代から続く八雲氷川神社と地域の人々との関係があります。

町の姿も、商店街の姿も、暮らし方も大きく変わりました。

それでも、年に一度、神輿が街を巡り、子どもたちが山車を引き、人々が神社へ集まる。

そんな風景が今も残っています。

これは、なかなか貴重なことなのではないでしょうか。

写真工房として、これからも街を見ていきたい

私たちは写真を仕事にしています。

七五三やお宮参り、家族写真など、お客様の大切な節目を撮影することが多い仕事です。

けれど、写真に残す価値があるのは、家族の記念日だけではありません。

そこで暮らす人々が長い時間をかけて作ってきた街の風景も、また大切な記憶です。

神輿を担ぐ人。

山車を引く子どもたち。

それを見守る家族。

店先から祭りを眺める人。

そして、何十年も前から続いてきた地域の営み。

そんな一つ一つも、いつかは「この街にこんな風景があった」と振り返るための大切な記録になるのだと思います。

これまで、なかなか参加することのできなかった八雲氷川神社の例大祭。

ですが、まずはこうして、その歴史を知るところから。

そしてこれからは、私たちもこの街の一員として、少しずつこのお祭りを見つめ、写真を通してその風景を残していけたらと思っています。

いつも七五三やお宮参りでお世話になっている八雲氷川神社。

そして、私たち柿の木坂写真工房が加盟する柿の木坂商和会。

その二つを結んでいるのが、毎年9月に行われる八雲氷川神社の例大祭なのです。

今年の開催は、9月19日(土)・20日(日)

これまで仕事のため、なかなかゆっくり見ることのできなかったお祭りですが、今年は少しだけ視点を変えて、街の一員としてその風景を見てみたいと思います。

神輿や山車の姿だけでなく、そこに集まる人々、商店街、そして長い年月を重ねてきた八雲氷川神社の境内。

写真を仕事にする私たちにとっても、きっと残しておきたい風景が見つかることでしょう。

皆さまもお近くにお越しの際は、ぜひ八雲氷川神社の例大祭を訪れてみてはいかがでしょうか。

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