Summilux 35mm f1.4 ASPH

M型ライカを手にしたことのある方なら、きっと共感していただけると思います。

物欲には限りがないこと。そして、その浅ましさと、それをも受け入れてしまう開き直り。その両方を噛みしめながら生きているのが、多かれ少なかれライカユーザーというものではないでしょうか。

カメラに求められる性能の多くは、実はレンズによって決まります。

では、そのレンズに求めるものは何か。

突き詰めれば、「目で見た世界をどれだけ正確に再現できるか」という一点に尽きるのかもしれません。しかし、これが実に難しい問題です。

解像力、コントラスト、色収差、歪曲収差、逆光性能、立体感、ボケ味——語り始めれば際限がありません。

そう考えると、人間の目というものは本当に驚異的です。数十億年にわたる進化が生み出した傑作と言っても過言ではないでしょう。

そして高性能なレンズほど、製造は難しくなります。

どこまで性能を追求するのか。その問いに対して、ある種のライカ愛好家たちの欲望には終わりがありません。もちろん財布の事情は別問題ですが。

このズミルックス35mmも、一般的な感覚からすれば思わず二度見してしまうような価格が付けられています。

「一桁間違っているのではないか」

そう思われても不思議ではありません。むしろ極めて健全な反応でしょう。

しかし我々は少々感覚が麻痺しています。

ライカ界隈に存在する数々のレンズの中では、このレンズはむしろ比較的標準的にさえ見えてしまいます。

しかし、その描写には確かな説得力があります。

写真に詳しくない方が見ても、「何か違う」と感じるだけの力を持っています。その主な理由はキレです。色の分離が桁違いに優れているのです。

 例えば、白いシャツに黒のジャケットを着た人の撮影をすると、殆どのレンズでは、その写真の白と黒の境界部をクローズアップすると、本来あるはずの無い様々な色がポツポツと現れてきます。或いは色は出ないものの若干ぼんやりとするカメラも多いです。

 その場合、レンズ性能のウィークポイントを目立たなくされるために、カメラ側の処理エンジン(映像プロセッサーなどとも呼ばれたりします。)が、その色分離の不完全さを補う処理をしていると考えられます。

しかし、ライカのレンズはその設計と実際の組み立てが究めて精密精巧で、レンズの光学設計の優秀さが、そのまま実際の撮影に反映されているのです。つまり、境界線がにじむことなく、白黒がハッキリと切りわけられる。この例では、分かり易く白黒の境界線で例示しましたが、実際には、画面の全体で同じ事が行われており、あらゆる光極めて正確にを正しい位置に導いていることになります。これがキレです。

もちろん、ブランド化されてしまった現在。その看板料も高く付けられていることは否定出来ません。しかし、肉眼でも解るほどの光学性能の高さを目の前にすると、結局のところ、価値とは性能と価格の比率だけで決まるものではないといえるのではないでしょうか。

人生を少し豊かにし、心を潤してくれる道具。

この一本は、少なくとも私たち信者にとって、そんな特別な存在です。

有形無形を問わず、人は時に偶像を必要とします。

ズミルックス35mmは、まさにその1本なのかもしれません。

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