
写真屋という仕事は、案外と我慢強くなければ務まらない。
提携会場や取引先との関係において、契約上は対等であっても、現実には必ずしもそうではない。仕事を発注する側と受ける側。そこにはどうしても力関係が生まれる。
それ自体は悪いことではない。
日本には古くから、お互いに義理を重んじ、多少の無理は飲み込みながら長い付き合いを築いていく文化がある。私自身、その価値観の恩恵を数え切れないほど受けてきた。
だから多少の理不尽や行き違いであれば、話し合い、改善し、次に生かせばよい。
現場での失敗があれば反省する。
サービスに不足があれば改める。
仕組みに問題があれば作り直す。
それが仕事というものだ。
しかし世の中には、ごく稀に、その前提が通じない相手もいる。
こちらの落ち度とは到底呼べないようなことを問題視し、人格や容姿を揶揄し、取引の力関係を背景に不当な要求を繰り返す。
改善を求めているのではない。
品質向上を目指しているのでもない。
ただ立場の弱い相手に無理を通そうとしているだけだ。
そんな相手と仕事を続ける理由はない。
今日、私はある取引先との契約解除を申し入れた。
理由は単純だった。
これ以上付き合う価値がないと判断したからである。
もちろん売上は失う。
スタッフにも迷惑を掛ける。
経営者として見れば賢い選択ではなかったかもしれない。
それでも、仕事には守るべき一線がある。
写真は人が撮る。
機材でもなくシステムでもなく、最後は人間が作る仕事だ。
その人間への敬意を失った関係から、良い写真が生まれることはない。
無理な要求なら努力で応えればいい。
厳しい要望なら工夫で乗り越えればいい。
しかし尊厳を差し出してまで続ける仕事はない。
私は、珍しく本気で腹を立てていた。
だからこそ迷いもなかった。
「申し訳ありませんが、もう結構です。」
そう言えた瞬間の解放感を、良くも悪くも忘れることは無いだろう。
仕事を選ぶ自由は、発注する側だけにあるのではない。
受ける側にもまた、誰と仕事をするかを選ぶ権利がある。
そして時には、その権利を使うことが、会社を守り、人を守り、自分の矜持を守ることにつながる。
この契約解除は、イースターエッグにとって損失ではなかった。
むしろ、失ってはいけないものを確認した一日となったのである。


