Retina Displayに憧れて

2年間使い続けてきたiPhone 3GSは、本当に気に入っていました。
電話はもちろん、メール、Twitter、Facebook。そしてVPNを経由して会社のサーバーへアクセスすることもできる。日常の仕事や生活に必要なことは、ほとんど不自由なくこなしてくれました。
当時の自分にとって、3GSは「必要十分」という言葉がぴったりの端末だったと思います。
ただ、ひとつだけ困ることがありました。バッテリーです。
前年あたりからイタリアへの出張が増え、現地で一日中移動しながら使っていると、バッテリーが心許なくなることが何度かありました。海外では日本のように、いつでも気軽に充電できるとは限りません。仕事で使う道具ですから、これはさすがに看過できない。
そんなこともあって、バッテリーの持続時間も改善されているという新しいiPhoneへの買い替えを、少しずつ考え始めていました。
とはいえ、3GSそのものに大きな不満があったわけではありません。
即、代替え。

ある日、どんなものなのか実物を見てみようと、ヨドバシカメラへ出掛けました。
そこで、すべてが変わりました。
実際に手に取ったiPhone 4Sのディスプレイが、あまりにも美しかったのです。
それまで使っていた3GSとは明らかに違う、その精細な画面。写真を仕事にしている身としては、これはもう堪りません。
「新しいものが好き」という性分もありますから、まさにど真ん中を射抜かれた、と言っていいでしょう。
もうこの時点で、冷静な買い替えの検討など、ほとんど終わっていたのだと思います。
店員さんに話を聞いていると、
「ブラックの64GBなら、ありますよ」
その一言が決定打になりました。
どんなものか確かめに来ただけだったはずなのに、その足で店を出る頃には、手にしていたのはiPhone 4S。
しかも今回は機種変更ではなく、3GSを残したままの追加購入です。
「3GSにはまだ愛着があるのだから」
「仕事でも使うものなのだから」
「そもそも必要だったのだから」
いろいろと自分を納得させる理由は見つかりました。
ただひとつ。
帰宅してから、奥さんになんと言おうか……。
そんなことを考えていたのを覚えています。

スティーブ・ジョブズに捧ぐ
その日の帰り、新宿から電車に乗ったのですが、ぼんやりしているうちに銀座まで来ていました。
気がつけば、Apple Store銀座の前に立っていました。
店頭には、スティーブ・ジョブズを追悼するたくさんの花束が並んでいました。
そうか。
本当に、もういないんだ。
これまで直接会ったこともなければ、その姿を間近で見たこともありません。それでも、彼が作り出したものを長く使ってきた一人として、その事実が不思議なほど身近に感じられました。
一人の天才が、あまりにも若くしてこの世を去った。
その現実を前にすると、新しいデバイスを手に入れた喜びだけではない、何とも言えない感情が込み上げてきます。
この日は、新しいiPhoneを買っただけの日ではありませんでした。
朝から期待し、店頭で心を奪われ、購入を決め、そして夜には、ひとりの偉大な人物の死を改めて実感する。
これほど一日の中で感情が大きく揺れ動いた買い物は、後にも先にもなかったように思います。
手元には、スティーブ・ジョブズが世に送り出した最後のiPhoneとなった4S。
それを眺めながら、また明日から仕事をしようと思いました。
写真を撮り、写真を仕上げ、お客様に届ける。
新しい道具を手にしたのだから、それを自分の仕事のために使いこなしていこう。
そんな思いを抱きながら、その日は帰路につきました。




