MacBook Proもキャリブレーション

今年は、東日本大震災という、未曾有とも言える大災害に見舞われた年となりました。

当たり前だと思っていた日常は、決して当たり前ではありませんでした。何気なく過ごせる毎日も、多くの人の努力や支え、そして時には誰かの犠牲の上に成り立っている。そのことを改めて痛感した一年でした。

あの日から数日間の記憶は、今でも曖昧です。出来事の順番さえ思い出せないほど、心のどこかで整理し切れていないのだと思います。

だからこそ今は、仕事ができることに感謝し、一枚一枚の写真と誠実に向き合うことを、自分自身の原点にしたいと思っています。

さて、モニターの色合わせと、この話に何の関係があるのかと思われるかもしれません。

実は、私は音を色として感じることがあります。

大きな音、高い音、低い音。規則的なリズムや不規則な響き。それぞれが、色や形を伴って頭の中に現れます。いわゆる「共感覚」と呼ばれるものに近い感覚なのかもしれませんが、私にとっては幼い頃からごく自然な知覚です。

一方で、その逆はありません。色を見ても音が聞こえることはないのです。

けれど、美しい色を目にすると、その先にある物語を想像します。誰がそこにいて、どんな空気が流れ、どんな時間が刻まれているのか。そんな情景が静かに心の中へ浮かんできます。

だからこそ、写真の色はできる限り正確であってほしい。

それは技術的なこだわりというより、自分が思い描く物語を、お客様にもできるだけそのまま届けたいという願いなのだと思います。

半ば強迫観念にも似たルーティンとして、今日もモニターのキャリブレーションを行います。

今日もまた、一枚の写真から、どんな物語が生まれるのだろう。

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