iPhone 3GS

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iPodと携帯が合体、会社メール、VPN経由でサーバーにまで

2009年の初夏、私はまだFOMAを愛用していました。

iPodを片手に、六本木のアトリエと自宅を往復する通勤時間には、iTunesに溜め込んだナンバーから、その日の気分に合わせて自分だけのプレイリストを作り、お気に入りのShureを両耳に。目を閉じれば、音楽の中に映画を見るような気分で、すっかりBGMの世界に浸っていたものです。

もちろん、iPhoneには興味津々でした。

しかし当時、日本でiPhoneを扱っていたキャリアはSoftBankだけ。Fomaの重さ、その割には持たないバッテリーには辟易でしたが、それ以外特にdocomoに不満があったわけでもありません。何しろ、20年近く使い続けてきたキャリアです。日本中何処に行っても不便を感じたことも、別キャリアを持つ仲間内で時々耳にする「圏外だ」という言葉ともほぼ無縁の最強キャリアととしての実績と実力に、不満の余地などあるはずはありません。

「そのうち、docomoでも扱い始めるでしょう」

そう思っていました。

ところが、SoftBankがiPhoneの販売を始めてから1年が経っても、docomoが追随するようなニュースは一向に出てきません。ネット上では、ルーマーたちによる期待交じりの情報が飛び交っていましたが、いくら追いかけても、ポジティブな材料に出会うことはありませんでした。

 2011年の今、Iphone3GSを手に日々を過ごす今、私はiPhoneが単なる携帯電話ではないことを実感しています。私はVPNを使って仕事のデータを会社のサーバーへ取りに行っている。プロバイダーや自社ドメインのメールにもリアルタイムでアクセスしている。そして、それらを日常の仕事の中で当たり前のように使っている。

要するに、Macの環境が、そのまま手のひらに載ったようなものなのです。

もし2008年、日本にiPhoneが初上陸した時点で、そのことをはっきり認識していたら、おそらく私は迷わずSoftBankに乗り換えていたでしょう。仮にMNPすらなかったとしても。しかも2006年には、その壁もなくなっていたことも知っていました。

時系列を、文頭に戻しましょう。

そんな折、2009年8月1日。

Nintendo DSがどうしても欲しいという次男を連れて、ヨドバシ・アキバへ出掛けました。

それが、トリガーでした。

気がつけば私は、店内のソフトバンクショップを徘徊していました。

「もう、docomoを待つ」というリミッターは、あっさり解除されていたのです。

そして、もう一つ、どうしても譲れなかったのがボディカラー。

白です。

画面を点灯してしまえば黒モデルと違いはありません。それでも、手に取ったときの美しさは、私には白のほうが圧倒的でした。

手続きには、想像以上の時間がかかりました。

その間、子供には、

「アキバの入り口でドラクエのすれ違い通信でもして待ってなさい」

などという、保護者としてはいささか無責任な指示を出してしまいました。

アンガーマネージメントでいう「6秒ルール」。

怒りだけではなく、すべての感情のコントロールにも有効だと教わりましたが、どうやら私の衝動には、もう少し別の手法が必要だったようです。

ともあれ、2、3時間ほど経った頃には、子供と私、その愉快な仲間たちは、それぞれ新しいおもちゃを手にして、仲良く電車に揺られながら家路についたのでした。

あれから2年と少し。

iPhoneは3GSからiPhone 4、そして4Sへとモデルチェンジを果たしました。

それでも今のところ、バッテリーの持ちが少し悪くなってきたと感じる以外に、積極的に買い替えたいと思う理由はありません。

本当に、便利な時代になったものです。

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